大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)711号 判決

上告人

藤商事株式会社

代理人

古谷判治

被上告人

関門商品取引所

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人古谷判治の上告理由第一、二について。

原判決が、本件差押、転付命令が有効であつて、それがされた当時、本件被差押債権について現実に差押の競合があつたとはいえない旨判示したうえ、民訴法六二一条に基づく被上告人の供託による免責を認めているにすぎないことは、原判文上明らかであり、右供託を有効とした原審の判断が是認しうるものであることは後記説示のとおりであるから、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原判決を正解せず、これを非難するに帰し、採用できない。

同第三について。

原判決が被上告人の民訴法六二一条に基づく本件供託を有効と判示したもので差押禁止債権を創設したものでないことは、原判文上明らかであるから、原判決に所論法令違背の違法はなく、所論違憲の主張はその前提を欠き、論旨は採用できない。

同第四について。

債権に対し、差押が競合する場合には、その各差押は配当要求と同一の効力を生ずるものと解されるから、第三債務者は民訴法六二一条一項に基づいて債務額を供託する権利を有するものであるが、一個の債権に対し数個の差押があつたときでも、その差押債権の総額が被差押債権額を超過しない場合において、各債権者が各自の債権額の範囲において差押をしたにとどまるときは、数個の債権差押は相競合するものとは解しえないから、第三債務者も前記条項に基づく供託により免責されうべきものではない。しかしながら、民訴法六二一条一項が第三債務者に対してこのように供託の権利を認めたゆえんは、債権に対する強制執行の手続において、被差押債権について権利を主張する者が多数あり、右債権額がそのすべての者に満足をあたえるに足りない場合に、第三債務者に配当要求または重複差押の有無および各差押の適否を審査させ、真の権利者あるいは優先権者に適正な配当をさせることは、第三債務者に極めて重い負担をしい、ときに二重払いの危険を負わせることにもなりかねず、ひいては執行手続の適正をも害するおそれがあるために、この弊害を除去しようとするにあると解せられるから、この趣旨を推及すれば、本来前記の意味において差押の競合がない場合においても、一個の債権について多数の差押があり、かつ、第三債務者の立場からみて、その優先順位について問題がある等差押の競合があるか否かの判断が困難とみられる客観的事情が存在する場合には、右規定を類推適用して、第三債務者に供託による免責を認めるのが相当である。

本件においてこれをみるに、原審の適法に確定するところによれば、

(一)  訴外昭和物産株式会社(以下、訴外会社という。)は、商品仲買人であつて、商品取引所である被上告人に対し、(イ)商品取引所法(昭和四二年七月二九日法律第九七号による改正前のもの。以下同じ。)三八条に基づく会員信認金として二〇万円、(ロ)同法四七条に基づく仲買保証金として二六〇万円を預託していたところ、上告人は、訴外会社に対して有する二〇〇万円の債権の強制執行として、(イ)の会員信認金全額および(ロ)の仲買保証金のうち一八〇万円の返還請求権について差押および転付命令をえ、右命令は、昭和三七年一二月七日被上告人に送達された。

(二)  ところで、これに先だち、訴外岡村綴は、右会員信認金および仲買保証金ならびに個人積立金の返還請求権のうち三〇万円について仮差押をし、また下関社会保険事務所は、右仲買保証金の返還請求権のうち二〇七、二二八円について差押をし、前者の仮差押命令は同月五日、後者の差押命令は同月六日訴外会社に送達された。

(三)  また、上告人の前記差押に遅れて、同月七日から翌三八年二月二二日までの間に、訴外杉村顕ほか一二名の債権者らから第一審判決別表4から16までに記載するとおり、右会員信認金および仲買保証金等の返還請求権について総額六、〇三四万余円に及ぶ仮差押または差押がされ、なかには、転付命令または取立命令をえたものもあつた。

(四)  そして、これらの者のうち、右杉村ら九名は、訴外会社に対する商品取引の委託者であつて、前掲商品取引所法の規定に基づき、それぞれ右会員信認金および仲買保証金に対して優先弁済を受ける権利を有していたが、上告人は、そのような委託者ではなく、したがつて、右優先弁済権を有する者ではなかつた。

(五)  ところで、前記訴外会社は、右各差押がされた当時においては、なお商品仲買人としての営業を継続していたため、被上告人としては、前記信認金および保証金を返還しうべき時期にはなく、したがつて、同人は、上告人に対して直ちに転付金の支払をせず、昭和三八年九月一〇日にいたり、民訴法六二一条に基づいて、上告人の差押にかかる債権を含め、訴外会社に対して負担する債務の全額について山口地方法務局下関支部に供託をした。

というのである。

右認定事実によれば、上告人の本件差押ならびに転付命令が被上告人に送達された当時、訴外会社が被上告人に預託した前記会員信認金および仲買保証金に対しては、二個の先行差押があつたが、それらは、その差押債権額の総額において、右信認金等の総額をこえるものではないから、この段階においては、厳格な意味において差押の競合があるものとはいい難い、しかしながら、右信認金等の弁済期が未到来の間に、優先弁済権者を含む多数の債権者から、同一債権について、その総額をはるかにこえる債権のために、多数の仮差押および差押が相次いでされたのであつて、その法律関係については、原判決説示の如く種々の見解もなりたちうるところであるから、被上告人に対して、差押の重複の有無またはその優先関係について適確な判断を期待することは困難というほかはなく、したがつて、同人が右の事情をもつて、民訴法六二一条一項の要件をみたすものと判断したことはまことに無理からぬものというべきであり、かかる事情のもとにおいては、同条を類推適用のうえ、同条に基づく供託によつて、被上告人に本件信認金等の返還請求権について免責を認めるのが相当である。

それゆえ、これと同旨の見解のもとに、被上告人の免責を認めたうえ、上告人の本訴請求を排斥した原判決は相当であつて、原判決に所論の違法はない。所論は、ひつきよう、右と異なる見解のもとに原判決を非難するに帰し、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとお判決する。(関根小郷 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

上告代理人の上告理由

第一、原判決は転付命令の性質、効力について法律上の解釈を誤つて居るものである。

上告人が言はんとする所のものは優劣何れにあるかに云ふことは総て物事が競合した場合である、原判決の如く商品取引所法第三八条及第四七条所定の会員信認金、仲買保証金として被上告人が預託を受けたものであることは上告人も認めるが上告人が差押及び転付命令を為したときは競合なる事実はない。

どうして上告人に権利がないと云へるか、権利の存否は事実の生じたその時を標準に確定しなければならない。

本件の場合は恰も裁判所乃至取引所が訴外昭和物産株式会社に債権を有する者はありませんか待つて居るから差押えなさい、転付命令をお掛けなさいと、不定多数の人にサービスをされたと同じである。

然かも頼まれもされぬ供託などして勝手な配当をするなど言語道断である、信認金にしても、保証金にしても本件上告人のなした差押及転付命令はいづれも対照物は可分債権である。

上告人の差押及転付命令を得た当時は弐、六〇〇、〇〇〇円の信認金等があつたその内弐、〇〇〇、〇〇〇円であるからその差押及転付命令は有効である、そのまゝ何人も差押もせず転付命令も、しなかつたなら問題なく上告人が転付金の請求は可能であつたであらうと被上告人にしても上告人に金員を支払つたであらうそれがその後の変更があつても一旦転付命令が発せられた以上無効になつたり競合する筈が無いではないか。

競合もない、にもかゝわらずその後の差押を目して競合と解するのは上告人の請求を排斥する一策に過ぎない。

差押及転付命令が数個あつてそれが同一日時とすればそれは一応競合といえるであらう、然るに本件の場合はそうではない。

上告人以外の債権者の為した強制執行はいづれも上告人より後である。

一歩を進めて被上告人が上告人の差押及転付命令に基いて直ちに弁済したと仮定した場合何等疑問は起らないではないか。

被上告人が不履行の結果が上告人に損害を加えたものであるから予備的請求として弐百万円を請求したにも不拘排斥したのはこれ亦不法といはねばならぬ。

第二、原判決は理由不備判断に矛盾の不法がある。

原判決によると控訴人による同保証金一八〇万円の差押とは競合しないものと解することが可能であり、また会員信認金については右1の仮差押の効力が及ばないことは乙第一号証の壱の記載と計数関係から明白であるから控訴人による差押と競合する先行差押は存しない、したがつて被控訴人の得た転付命令の効力を先行差押との競合を理由として否定することはできない、こゝまで原判決は来て居りながら上告人の請求を排斥したのは論理に矛盾撞着がある。

第三、原判決は判決に影響する法令違反の不法がある。

原判決によればその理由中商品取引所法第三八条および第四七条の会員信認金、仲買保証金は取引委託者の債権のため優先弁済権が認められて居ると云うが併しそれは債権が競合した場合である。

前記信認金、保証金は決して差押禁止債権ではない。

原判決は差押及転付命令の効力を認めながら尚ほ且つその債権は優先弁済者ありとして上告人の請求を排斥したのは之れ亦差押禁止債権を新たに創設したもので法令違反であり、憲法違反である。

第四、原判決は判決に影響ある法令に違反した不法がある。

原判決は被上告人の供託による免責の効力を認めて居るが上告人の差押及転付命令を無視して被上告人は金員を供託したもので上告人に対してはその供託は何等の効力はないと云わねばならない。

何故なら原判決が差押及転付命令を有効とする以上当然その分丈けの供託は弁済供託の外あり得ない。

差押及転付命令を有効とする以上被上告人の免責供託は上告人に対して丈けの弁済供託でなければいけない筈である。

須からく最高裁判所は自判で上告人の請求を認容され被上告人に対して金弐百万円の支払を命じて貰い度い。

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